高野山 奥の院 かなり完璧ガイド
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金剛峯寺・金剛三昧院・徳川家霊台・大門 高野山の世界遺産 全エリア紹介

高野町の中で世界遺産の構成要素として登録されている地区は6ヶ所。
「奥の院」「壇上伽藍」「金剛峯寺」「徳川家霊台」「金剛三昧院」「大門」です。
奥の院と壇上伽藍は別ページを参照して頂いて、ここでは残り4つを紹介します。



高野山の世界遺産 全6エリア 目次
金剛峯寺
六時の鐘
金剛三昧院
徳川家霊台
大門
奥之院 [別ページ]
壇上伽藍 [別ページ]

金剛峯寺


高野山真言宗の総本山「金剛峯寺」は、豊臣秀吉が立てた青巌寺(せいがんじ)が前身。
明治2年にほかの寺と合併し金剛峰寺になりました。
金剛峯寺はあくまで「弘法大師御廟」の支所のようなポジションにあたる寺だそうです。



表門
おもてもん


入口のすぐちかくに駐車場があります。




本堂 ほんどう


屋根は総檜皮葺き。
屋根の上には天水桶(てんすいおけ)という火事対策の桶が置かれています。



経蔵 きょうぞう


1679年再建。内部は公開されていません。


2005年3月撮影

鐘楼堂 しょうろうどう




金剛峯寺の中に入ります。

寺院内は撮影禁止の場所が多々あるため、写真では見所を伝えるのが難しいです。
ここに掲載した日本庭園のほか、狩野派の手による襖絵がある部屋、豊臣英次(ひでつぐ)が自害した部屋などがあります。

※以下の写真は拝観順路どおりの配列ではありません。



蟠龍庭 ばんりゅうてい


四国の石を配置し京都の白川砂を敷いた、日本最大の石庭です。
蟠龍とは、とぐろを巻いた龍のこと。



台所の大釜


98kg、2000人ぶんの米を炊くことができた大釜。
台所は現在も使われているそうです。
「1983年(昭和58年)まで使われていた」としている資料もあります(詳細確認中です)



阿字観道場 あじかんどうじょう


ちょっとした菓子とお茶の接待があります。



2005年3月撮影











六時の鐘 ろくじのかね


1618年、福島正則が建立。現在も時を告げる鐘として使われています。
下段の写真は石川五右衛門がはめ込んだとされる鎹(かすがい)。触れると絆が増すとされているそうです。

※六時の鐘が世界遺産エリアに含まれるか調べていませんが、金剛峯寺に近い場所にあるので、このページで紹介します。


徳川家霊台 (とくがわけれいだい)



徳川家康と二代将軍秀忠を祀っている東照宮。
普段は、霊台の前に向かうことはできますが、霊台の扉は開いていない状態です。
2015年、開創1200年記念で特別に御開帳されました。このときは内部が見えるように扉が開いていましたが内部は撮影禁止でした。

なお、特別公開期間中であった2015年5月17日にニコニコ動画で徳川家霊台から生放送が行われ、内部もわずかに映されました。

ここでは外観付近の写真のみ載せておきます。

金剛三昧院 (こんごうさんまいいん)



国宝の「多宝塔」のほか、重要文化財では校倉造りの「経蔵」や襖絵などがあります。
快慶の作である大日如来の中に、源頼朝の遺髪、北条政子の爪と髪が入っていると伝えられています。

拝観は有料です。

リンク:世界遺産 高野山 金剛三昧院(公式サイト)



本堂


源頼朝を弔うために建てられた寺院。
宿坊として泊まることができます。

参考:金剛三昧院(Wikipedia)




多宝塔 たほうとう


国宝。
建立は1223年。高野山では最も古い建物です。

多宝塔とは、建物の下部が四角形でその上に半球のような部分(写真では白い部分)が乗った二重の塔に見える形状の建造物の呼称です。

参考:多宝塔(Wikipedia)

大門 (だいもん)



現在のものは1705年建造。高さ25m、幅21m。 吽形像、阿形像が立てられています。
平安時代後期までは鳥居だったそうです。
仁王像は日本で2番目に大きいものとのこと。
門に掲げられた「高野山」の文字は、空海による文字を集めて作られたもの[5]