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高野山かなり完璧ガイド

いちのはし
一の橋

玉川にかかる橋、一の橋。
ここから奥之院の参道が始まります。
この橋の手前側(道路を挟んだ反対側)の観光案内所に、奥之院のガイドマップなどがあります。


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しばりょうたろう ぶんがくひ
司馬遼太郎 文学碑

平成20年(2008年)9月建立。
司馬遼太郎のエッセイ『歴史の舞台−文明のさまざま』収録の「高野山管見(こうやさんかんけん)」の冒頭部分が刻まれています。

歴史の舞台 文明のさまざま(Amazon)
司馬遼太郎が考えたこと〈10〉エッセイ 1979.4~1981.6 (新潮文庫)(Amazon)
参考:高野山奥の院に司馬遼太郎の碑建立(2009秋-No.38)(持明院「はすの会」)


[Wikipedia]
ウィキペディア
Wikipedia
維基百科


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五輪塔が崩れて転がっていますが、鎌倉時代後期のものだそうです(情報元[1])。

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かんとうだいしんさい おうししゃくようとう
関東大震災横死者供養塔

関東大震災から7年後の1930年、当時の東京市長であった永田秀次郎(ながたひでじろう)が私財で建てたもの。
すぐとなりに「関東大震災当時の東京市長 永田秀次郎墓所」があります。

参考:高野山で関東大震災犠牲者の名簿タイル見つかる(WBS 和歌山放送 2014年3月7日)


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たいしんけいきょうりゅうこう ちゅうごくひ (けいきょうひ)
大秦景教流行中国碑 (景教碑)

景教とは、キリスト教の一派「ネストリウス派」の唐代の中国での呼び名。
景教碑は、wikipediaによると「明末に長安の崇聖寺の境内で発掘された古碑。ネストリウス派(景教)の教義や中国への伝来などを刻す」碑とのことで、ここにあるものは模造碑(レプリカ)です。

参考:大秦景教流行中国碑(Wikipedia)


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こうぼうだいし ごそんぞう
弘法大師 御尊像

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じゃやなぎくようとう(じゃやなぎあと)
蛇柳供養塔(蛇柳跡)

弘法大師が大蛇を封じ込めたとされる場所。

参道から見えない場所にあります。
参道ではなく、国道371号線の歩道の石垣が途切れている場所から入ったほうが分かりやすいです。

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四国のお遍路88ヶ所をめぐったのと同じ御利益があるとされる場所。
四国のお遍路88ヶ所のお寺の本尊と同じ仏様が並んでいます。
国道371号線の歩道の石垣がところどころ切れていますので、そこから入ることができます。
計測していませんが往復1kmほどになるかと思いますので、すべて歩くのには時間がかかります。
テレビ番組で「裏ルート」と紹介されたことがあるこの通りは、Googleマップ上では「玉川通」と記載されています。
(情報元[4])

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かずとりじぞう
授籌地蔵

奥の院を通った回数をカウントしてくれている地蔵。
死後、閻魔大王のところで「この人は、○回も奥の院に来ているから罪を軽くしてあげてください」と言ってくれるのだそうです。


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こうぼうだいしのこしかけいし
弘法大師の腰掛け石

弘法大師が休憩のため腰をかけたといわれている石。


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おおさかし ろうじんくらぶれんごうかい くようとう
大阪市老人クラブ連合会 供養塔

一般社団法人 大阪市老人クラブ連合会の供養塔。
1962年頃から毎年、法要を行っているようです。


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こうぼうだいし ごまばち (こうぼうだいし ごまいし)
弘法大師 護摩鉢 (弘法大師 護摩石)

この写真の中央(建っている碑の左下)にある白い石です。

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ふくおかけん ろうじんくらぶれんごうかい くようとう
福岡県 老人クラブ連合会 供養塔

公益社団法人 福岡県老人クラブ連合会の供養塔。

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こさずけじぞう
子授け地蔵

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かんかけざくら
棺掛桜

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なかのはし
中の橋

奥之院の参道のほぼ中間地点です。
中の橋大駐車場側の入口から入っても、この橋は通りません。
この橋をわたるとすぐ、汗かき地蔵と姿見の井戸があります。

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あせかきじぞう
汗かき地蔵

世の中の人の苦しみを引き受けているので、いつも汗をかいていると言い伝えられるお地蔵様。
「汗かき地蔵」は全国各地にあります。

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すがたみのいど
姿見の井戸

井戸の底の水面に自分の姿が映らなければ3年以内に死ぬという言い伝えがあります。
暗くなってから覗くのはやめたほうがいいと思われます。

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かくばんざか
覚鑁坂

密厳堂の付近にある石段。
ここで転ぶと3年以内に死ぬといわれています。
特に雪の日は気をつけましょう。
石段が普通の階段とはちがって踏面が広く歩きづらいですが、僧の修行のため歩きづらくしてあるのだそうです。

転ぶと3年以内に死ぬという伝承のある坂は、東京や京都(産寧坂)、和歌山市にもあります。

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みつごんどう
密厳堂

真言宗の宗派の一つ「新義真言宗」の開祖、覚鑁上人興教大師(かくばんしょうにん こうきょうだいし)を祀るお堂。

参考:覚鑁(Wikipedia)
参考:新義真言宗(Wikipedia)

ENGLISH:Kakuban(Wikipedia)


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こうらいじん てきみかた せんししゃくようとう
高麗陣敵味方戦死者供養碑

高麗陣とは、1592年の文禄・慶長の役のこと。
島津家が活躍した、秀吉の朝鮮出兵のときのもの。
味方だけでなく敵方である高麗のためにも建てた供養塔。
島津家は敵方のためにも供養塔を建てたそうです。

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じげんどう こうのそうかん かひ
慈眼堂 河野宗寛老師 歌碑

かんいんけ ぼしょ
閑院家墓所

えど しょうししゃ ついとうひ
江戸 焼死者追悼碑

うちゅうだいしんれい
宇宙大神霊

宇宙大神霊と刻まれた柱に「吉村長慶(よしむらちょうけい)」とあります。
幕末から昭和初期にかけての実業家で、昭和17年(1942年)没。 自らを「宇宙菴」と称して、「宇宙教」や「如来道」という宗教を創始した人物だそうです。

参考:吉村長慶!?大阪市・大念佛寺に残る奇妙な石造物の謎に迫る(たびねす)


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なかのはし いりぐち
中の橋 入り口

中の橋大駐車場の前にある参道の入り口。
大型バスの団体客などはこの駐車場に停めて、ここから参拝に向かうようです。

入ってすぐ左手に手水場があります。
右手に関連書籍やグッズなども販売している場所がありましたが、2016年11月頃に閉鎖されました。

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よさのあきこ くひ
与謝野晶子 句碑

「やははだの(やわ肌の) あつき血潮に ふれも見で さびしからずや 道を説く君」 とあります。

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どうぶつ くようとう
動物供養塔

昭和42年(1967年)9月建立。実験動物のための供養塔。


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やまぐちせいし くひ
山口誓子 句碑

「夕焼けて 西の萬億 土透く」とあります。


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らくがきづか
落書塚


昭和43年(1968年)に落語家の初代 柳家金語楼(昭和48年/1972年)没)が建立。
自由に落書きできます。
「らくがきは即ち良久加幾、良いこと」とあり、らくがきを「良久加幾」と当てているようです。

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しゃしんぎょうかい せんけんばんれいのひ
写真業界先賢万霊之碑(寫真業界先賢萬靈之碑)

昭和31年(1956年)6月1日建立。

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ひがしにほんだいしんさい ぶっこしゃ いれいひ
東日本大震災物故者慰霊碑


2013年(平成25年)3月建立。
下段の写真は2012年6月撮影の建立される以前の状態です。

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はんしんあわじだいしんさい ぶっこしゃ いれいひ
阪神淡路大震災物故者慰霊碑

むえんづか
無縁塚

掘り出された無縁仏が積み上げられています。

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こうやさん じみょういん ぶっしゃりほうとう
高野山持明院 佛舎利宝塔

昭和62年(1987年)4月22日建立。
持明院が管理する永代供養の会員を祀っている場所です。
詳細はこちら:持明院 はすの会


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すうぎ さんよ いれいひ
枢議 参与 慰霊碑

平成14年11月建立。高野山真言宗参与会の会員のための慰霊碑。
関連:参与会 - 高野山真言宗 総本山金剛峯寺


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しこく88かしょ おすなふみどころ
四国八十八ヶ所お砂踏処

そうほんざん こんごうぶじ やくしょくいん ぶっこしゃぼしょ
総本山 金剛峯寺 役職員 物故者墓所

ばしょうくひ
芭蕉句碑

「父母の しきりにこいし 雉の声」と刻まれています。
元禄元年(1688年)、芭蕉が45歳の時に詠んだ句です。

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おけしょうじぞう
お化粧地蔵

この地蔵に化粧をするとご利益があるとのこと。 


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ぶも おんじゅう ひ(ぶぼ おんじゅう ひ)
父母恩重碑

よこはま めいりんがくえん・よこはませいふうこうとうがっこう
横浜 明倫学園・横浜清風高等学校

あみだぶつ みょうごうのひ
南無阿弥陀仏 名号の碑

名号とは、仏や菩薩の名のことを意味します。
「各号の碑」と書かれているように見えますが、「名号の碑」です。

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ふでづか
筆塚

たからいきかく くひ
宝井其角 句碑

松尾芭蕉の弟子で「蕉門十哲」と呼ばれるうちの一人、宝井其角の句碑。
「卵塔の 鳥居やけにも 神無月」とあります。

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うちゅうあん ちょうけい じゅひ
宇宙庵 長慶壽碑

実業家、吉村長慶の碑。「壽碑(寿碑)」とは、生きているうちに建てた碑のこと。
宇宙庵については宇宙大神霊を参照下さい。

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しょうとくでん
頌得殿(茶処)

茶処。休憩所です。

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ごくしょ
御供所

御朱印はこの建物で頂くことができます。

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あじみじぞう
嘗試地蔵

御供所のすぐ隣にあります。
生身供で弘法大師に届ける食事を毒味する儀式が行われる場所。毒味をするのは僧ではなく、この地蔵ということかと思われます。
生身供については別項で詳しく解説します。
[生身供]

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護摩堂のわきに、公衆トイレへ向かう通路があります。そこを進むと「バリアフリー経路」の看板が見える門があります。
石段を登らずに「燈籠堂」まで向かうことができます。

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ごまどう
護摩堂

みずむけじぞう
水向け地蔵

地蔵に水をかけてから、御廟橋を渡ります。

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ごびょうばし
御廟橋

御廟の少し手前にあるのが「御廟橋」。
弘法大師がこの橋まで参拝者を出迎えに来てくれているそうですので、合掌、一礼してから橋を渡ります。

橋を構成する36枚の板の裏には梵字が刻まれているとのこと。

最も重要な聖域ですので、ここより先は撮影禁止です。テレビ取材も滅多に許可されていません。
お坊さんに写真撮影を注意されている人もたまに見かけます。

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みろくいし
弥勒石

善人には軽く悪人には重く感じられる石。自由に触れますが、まず持ち上がりません。

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とうろうどう
燈籠堂

石段を登った先にあるのは「燈籠堂」という大きな建物。
空海の甥が建立。その後、藤原道長によって現在の大きさになったとのこと。
現在の建物は1965年(昭和40年)に建造。

燈籠堂には奉納された2万以上の灯篭があります。
お札、お守りなどは、ここで買うことができます。
燈籠堂の地下には、奉納された5万体もの小さな弘法大師像が並んでいます。

・灯籠堂の参拝可能時刻は早朝5時半〜6時頃から。
・灯籠堂の扉が閉まるのは午後5時〜5時半頃(当方未確認)。
・扉が閉まったあとは、燈籠堂の周りをまわって裏側にある御廟で参拝可能なようです。


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ごびょう (こうぼうだいし ごびょう)
御廟(弘法大師御廟)

燈籠堂の裏手に「弘法大師御廟」があります。
御廟の中に入ることはできませんので、その前で多くの人がお祈りをしています。
弘法大師は、御廟の地下で今も瞑想を続けています。
御廟に30センチほどの穴があり、そこから弘法大師が出たり入ったりしているとのこと。
また、燈籠堂の地下に弘法大師が描かれた絵が掲げられていますが、この絵の位置が、弘法大師が瞑想している場所と同じ高さだそうです。

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