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2019.05.25 - 2019.09.28
お堂・町石
高野町にある「お堂」と、道標として建てられた「町石(ちょういし)」について、少しですがまとめました。
■目次
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お堂
・
町石(ちょういし)
お堂
にょにんどう
女人堂
女人禁制が解除されるまで、女性はここから先に入ることが許されませんでした。
複数の女人堂があったものの、現在残っているのはここだけ。
女人禁制の解除の年は、Wikipediaによると1904年(明治37年)、金剛峯寺発行のガイドブックには1872年(明治5年)、NHK BS新日本風土記では1906年(明治39年)となっており、資料によってまちまちです。
[御朱印あり]
かるかやどう
刈萱堂
伝説上の人物、石童丸(いしどうまる)と、苅萱道心(かるかやどうしん)が修行をしたお堂。
堂内には、この物語を描いた絵が飾られています。また、お香も販売されています(良心的な価格のお香とのことです)
[御朱印あり]
参考:
石童丸
(Wikipedia)
おたすけじぞう
お助け地蔵
ひとつだけ願いを叶えてくれるという地蔵様。大門から100メートルほどの場所にあります。
[御朱印なし]
町石
町石は道しるべとして建てられたもので、根本大塔から弘法大師御廟のあいだに36基、また、約22km離れた九度山町の慈尊院から根本大塔のあいだにも180基が建てられています。
鎌倉時代以前は木製だったそうです(情報元[1])
下記以外の町石の写真は今後掲載予定です。
1番石(慈尊院側)
1番石(壇上伽藍)
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